【アクション告知】
■ 緊急講演会 
   日時: 4月29日 14時~16時30分
   場所: スペースたんぽぽ(水道橋)
   内容: 今村復興大臣と対決した西中誠一郎さんと避難者の緊急講演会

■  霞ヶ関アクション (毎月19日に開催)
   日時:5
月19日 20時00分~20時45分
   場所:官邸前 
   内容:抗議集会

■ 日曜アクション (第2、4の日曜日開催) 
   日時: 5月14日 16時~17時
   場所: 新宿東口 アルタ前広場
   内容: 街頭宣伝
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2012年12月21日金曜日

【IAEAについて学ぶ】「終りのない惨劇」ミシェル・フェルネックスさんのインタビューから

今年3月に出版された「終りのない惨劇--チェルノブイリの教訓から--」(ミシェル・フェルネックス、ロザリー・バーテルほか。訳 竹内雅文)(緑風出版)は、IAEAについて学ぶ最高の文献の1つです。

1979年に民間の国際的な法廷である常設人民法廷(PPT)がイタリアで設立さました。1996年、ウィーンでその第26回目の人民法廷として、いわゆるチェルノブイリ人民法廷が開かれました。
この本にはその法廷で、チェルノブイリ事故でIAEAが行なったことを証言したロザリー・バーテルやミッシェル・フェルネックスさんの貴重な証言が収められています(第3部)。

是非、この書物を手に取って、読んで欲しいと思いますが、ここでは、 ミシェル・フェルネックスさんが昨年3.11以後に受けたインタビューから、さわり部分を紹介します。

 WHOは、1959年5月28日にIAEAと協定「WHA12-40」を締結しました。
この協定には、次のような内容が盛り込まれています。

第1条 協力と協議
‥‥
3 両者の一方が、他方にとって大いに重要性のある、あるいはその可能性がある分野でのプログラムに着手する際には毎回、前者は合意の上で課題を解決するために、後者の意見を求める。

第3条 情報および資料の交換
1 国際原子力機関と世界保健機関は、提供された情報の守秘性を保つために、ある種の制限措置を取らざるを得ない場合があることを認める。‥‥


なぜこのような協定を結んだのか、その理由・背景について、 フェルネックスさんはインタビューでこう語っています。

--WHOとIAEAの1959年合意は、WHO12-40という文書ですが、どういう経緯で生まれたのでしょう。

ミシェル・フェルネックス
1956年に、WHOは遺伝学者たちを集めて、こういう設問をしました。
「原子力産業が発達していき、人々が被ばくを受ける機会も増えていこうとしている。被ばくは人体にどんな遺伝的な影響を与えるか」
作業グループには有名な医者が何人も入っていて、うち1人は遺伝学でノーベル賞を受賞しています。報告書の結論はこうでした‥‥。原子力産業は放射能を増大させ、結果として一般の人々の間に変異を引き起こす。個々の人々にとって有害であるばかりか、子孫にも害は及んでいく‥‥というのです。

この警告は国連をだいぶ不安にさせました。そして、国際原子力機関(IAEA)が1957年に設立されました。わずか1年後です。

IAEAは国連のあらゆる下部組織と協定を締結しました。この時に、いろいろとおかしなことになったのですね。まあ、協定の存在そのものは別に特別なことではないかもしれません。しかし、このWHOとの協定は、他のとはちょっとちがったのです。
例えば、機密を要する分野がある、と言うのですが、どの分野とは言っていません。こういうことは、WHOの憲章とまるで相反するものなのです。核の危険性という口実のもとに秘密が維持されていくと、世論はどうなりますか。それはあってはならないことです。

この合意文書につはもう1点、こういうのもあります。2つの機関は双方が共に関心を有するプロジェクトについては必ず、合意していなくてはならない、というのです。それがどういうことを意味するか、チェルノブイリのときにはっきりしたのです。
          (「終りのない惨劇--チェルノブイリの教訓から--」40~41頁)

 チェルノブイリのときに、どのようにはっきりしたのか。 フェルネックスさんはドキュメンタリー「真実はどこに?―WHOとIAEA 放射能汚染を巡って 」の中でこう語っています。

WHO私は協力関係あります。 
マラリアとフィラリアの研究委員会で熱帯医学者として15年間いたからです。
WHOには大きな尊敬念を持っていますが、
1986年から年間WHOチェルノブイリの現場に不在であったことを大変悲しんでいます。
年間 彼らは現場に一切姿を見せなかった。
WHOは国際原子力機関IAEA現地調査を一任した。
残念なことです。

これについて、 フェルネックスさんはインタビューでもこう述べています。

--チェルノブイリの惨事の時と、今日、福島に対してとで、WHOの動きに似た点があるとお考えですか。

ミシェル・フェルネックス
不在という点が共通しています。奇妙な不在です。データを収集し、提供するために、やるべきことが沢山あるでしょう。それなのに、WHOは何もしていません。IAEAが出したきた数値を、そのままくり返してみせただけなんです。日本に行って、WHOを探してご覧なさい。影も形もありません。WHOはいません。初めからずっといるのは、IAEAです。
原子力の大事故が新たに起こっているのに、WHOは完璧に姿を消してしまったのです。WHOはそのうち、病人の数が40人だとか50人だとか、5000人だとか、あるいは50万人だとか言うことでしょう。何人になるかは、IAEAの出してくる数値次第ということです。

--死者や病人の数を、誰か人が「決定する」とおっしゃりたいのですか。

ミシェル・フェルネックス
チェルノブイリでは、まさにそういうことが起こったのです。‥‥私は2004年のジュネーブでのWHOのフォーラムに行きました。IAEAを代表している人物が、3日間にわたって、フォーラムの座長を務めていました。
冒頭の話で、彼の説明によれば、これから私たちはチェルノブイリでの死者が40万人いたのか40人なのか、決定するのだと言うのです。そして、3日かかって私たちは38人という結果を手にしました。どうやってか?ですか。問題点をひとつ、丸ごと消去するのです。ご説明しましょう。

何の準備もしていない一人の小児医学者にいきなり質問をぶつけて、答えられなかったからと言って、科学者たちは、討論から小児医学を排除しました。
          (「終りのない惨劇--チェルノブイリの教訓から--」42~43頁) 

こんなことが本当にあったのかどうか、誰もが一瞬、我が目を疑うでしょう。しかし、2001年のIAEAとWHOが主催したキエフ国際会議におけるIAEA代表者の次の発言(その動画は->こちら)を聞いて下さい。
我々は現在何を知っているのか?
実は新たな情報など何も無いのです

こで賞金100万ドル級の難問を一つ
予想できない影響は測定もできないのに、本当にあると言えるのか

よくある質問です

私の回答はこうです
これは解決不能な科学認識論の問題で、直接理解する術はない
私達は知らないのです
既に50年以上前に、また、25年以上前のチェルノブイリ事故のときに、先週15日から福島県郡山市でおこなったIAEAの閣僚会議の原点・原型が存在したことが理解できる筈です。 




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