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2015年11月11日水曜日

【報告】10.31「核と被ばくをなくす世界社会フォーラム2016」主催の学習会「自主避難者を切り捨てることは「正義」を切り捨てること」

来年3月23日から日本で、福島原発事故の被ばくによる健康被害などを世界中の市民が考える「核と被ばくをなくす世界社会フォーラム2016」が開かれます(その詳細->こちら)。

 そのプレ企画の1つとして、先月31日に、たんぽぽ舎で、自主避難者の人たちがが突きつける問題を考える学習会を開きました(※)

講演者は、
福島市から札幌市に家族避難した中手聖一さん(『「避難の権利」を求める全国避難者の会』共同代表)
郡山市から静岡県富士宮市に家族避難した長谷川­克己さん(同会。事務局)

 中手聖一さんのお話①(冒頭の30分は->音声記録」をお聞き下さい)

 中手聖一さんのお話②、長谷川克己さんのお話①

 長谷川克己さんのお話②

「核と被ばくをなくす世界社会フォーラム2016」の告知

        
 (※)【学習会の趣旨】--何が福島の原点か--
 日本政府は、このたび、国民の将来の生命と平和を守るためと称して集団的自衛権の行使を合憲とみなし、国会の場でも容認しました。

 もし、日本政府に市民の生命と平和を守る決意が本当にあるのなら、2011年自ら加害責任を負う福島原発事故発生で市民の生命と平和が未曾有な危機 に見舞われた事態に対し、直ちにチェルノブイリ避難基準に準じて福島県全域と県外の重大な汚染地の住民の集団避難を実行すべきでした。
 しかし、日本政府は原発周辺の限定地域の集団避難を実行した以外は、山下俊一ら御用学者を動員して安全神話の吹聴に努めるだけで、その結果、日本政府に見 捨てられ、安全神話を信じなかった多くの人々は自主避難を余儀なくされました。これら自主避難者は放射能災害と政治的迫害により居住区域から逃れた人々で あり、国際法上、難民と呼ばれる人々です。

 これが福島原発事故問題の原点です。当初、日本政府が、政府の責任で、チェルノブイリ避難基準にならって直ちに住民の集団避難を実行していれば、その後 の、事故4年で小児甲状腺がんが137人という異常多発(チェルノブイリ事故のベラルーシの38倍)に象徴される深刻な健康被害も防げたはずであり、自主 避難者の経済的自立に向けて必要十分な手当てが実施されたはずです。
 
 ところが、日本政府は、この原点とその帰結(深刻な健康被害の発生や自主避難者の経済的困窮など)を隠蔽することに汲々とし、先ごろ、難民となった 自主避難者への支援を2017年に打ち切ることを決め、難民の汚染地への事実上の強制移住(帰還)によって、原発事故以前の状態に戻す政策に出ました。

 これは、原発事故はあたかもなかったかのような状態に巻き戻す日本政府の事故収束の仕上げの政策です。

 しかし、その本質は、難民となった自主避難者の生命と平和を捨て去る、放射能以上に残虐極まりない人権侵害であり、日本の歴史上、類を見ない集団的 人権侵害として、国際刑事裁判所の場で、住民に対する広範かつ組織的な犯罪である「人道に関する罪」として裁かれるべきであると言って過言ではありませ ん。

 今回の学習会では、自主避難の当事者の方たちから、現状報告にとどまらず、現在、福島地裁で係属中の、子どもたちの避難の権利の確認を求める裁判の経緯もふまえて、そもそもの「避難の権利」とは何なのかについても、お話をうかがいます。

「子どもたちの避難」について、2013年5月、チョムスキーは次のように語りました。

福島のような大惨事を防ぐために解決しなくてはいけない、化石燃料、
原子力、代替エネルギーや組織にまつわる問題が山済みであることは事実ですが、一部の問題はとても緊急を要するもので、他のいかなることよりも最優先されなくてはいけないことの第一は、 被ばくの深刻な脅威にさらされている数十万の子どもたちを救うことです。
この緊急の課題に対して解決策を見つけ、政府にそれをさせるためのプレッシャーを日本の市民の力でかけなくてはいけません。そして、その非常に重要な取組みに、私も支援できることを望んでいます。


 

 原発の再稼動・輸出が進むなかで、そもそも「なぜ原発の再稼動に、原発の輸出に反対するのか」今、その原点に立ち帰るためにも、自主避難者の人たち がが突きつける問題を一緒に考えていきましょう。2016年、核の問題をつうじて、福島から世界の不公正の問題をとらえなおしてみませんか。< 北>の大都市の豊かさは、貧困な地域に原発を押しつけ、他に仕事の選択肢がない人々に原発労働を押しつけ、貧しい南の国にウラン採掘を押しつけ、成 り立ってきました。一生出会わない遠くに住む人々の生活と尊厳を踏みにじることでしか成立しない「豊かさ」と「幸福」ではなく、核のない世界を構想してみ ませんか。

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